2011年もよろしくお願いします!そして最後の球児矢野バッテリー覚書

遅ればせながらあけましておめでとうございます
福岡に戻ってきました。福岡で暮らすようになって3ヶ月ちょっと。でももうこの部屋がしっかり自分ん家になっているのだなぁって感じたお正月でもありました。


実家にもどっての父親の最初の一言が「なぁ新井弟、どう思う?」無口な父との会話のためにも阪神タイガースとは離れたらあかんなぁって。でも自分の気持ちには正直に今年もつらつらとブログを続けていこうと思いますので、今年もどうぞよろしくお願いいたします

さて実家では30日のMBSの特番で矢野さんを見て31日には関西テレビで矢野さんを見て1日にはスポニチで矢野さんと球児の対談を読みました(いちおう姪っ子と遊んだり、甥っ子をあやしたりもしましたw)。
それにしても関西だとこんなにタイガースの情報多いのだなとあらためて思いましたね。そしてその番組であったり対談であったりって引退した年だからこそのものだと思うので矢野さんはこれからは解説者としての露出になるのでしょうね。


特に31日の関西テレビの球児と矢野さんの鍋トークからの流れには号泣でした。
なので関西以外のかたは見れていないのでその部分だけ覚書にしてみます。

二人で食べたいと球児が矢野さんのためにと用意したのがフグ。これは2005年の慰安旅行のときにフグを食べて球児が「矢野さんと一緒にこれが食べたかったんですよ~」て言ってた時の思い出があるからなんですよね。
もう球児はほんとに矢野さんが大好きでしかたないんだろうな・・・。


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鍋トークの最後のテーマは「矢野&藤川 感謝の気持ち」これに対して
球児「『野球選手である前にこう社会人であれ』と野村監督が言われてて最近つくづくそれがわかるようになってきたんですけども、教えてくれたのはやっぱ矢野さんやったんですよね。野球だけじゃなくて、その人間的生き様として、矢野さんの生き方を学ばせていただきます。これからもまた勉強さしてくださいという」

矢野さん「いやいや、ありがたいねもう・・・」って。
そして「なんていうのこう、辞めるにあたって、これだけこう想っててくれてたっていうことに対する感謝っていうか、それはもうつくづく感じてるし、まあ…あの・・・最終戦もね、ほんとに球児はいろんな気持ちをこめて・・・。」

その9月30日のつらい映像が挟まれたあと矢野さんが
「この前裏方さんに聞いたんやけど、すごい嬉しかったのは、あの・・・球児がマウンドに行く時にすごい意気込んでて、9月30日。ほんであの・・・ブルペンキャッチャーの人間が『球児、意気込みすぎやぞ』ってゆってアドバイス送ったら、『だって矢野さんがなんとかしてくれますもん』って、言ってくれたらしいの。それはねえ、もう…あ、ごめん・・・なんかすごい嬉しかった」

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こみあげてきた涙を噛み殺すかのように間をおいて嬉しかったといった矢野さん、その言葉を頷いて聞いている球児。

これって球児はやっぱりあのときに、出ていったら矢野さんが待っていると思っていたということではないのでしょうか・・・。でもそんなことよりも、矢野さんに受けてもらえるという球児の高揚した気持ちにも感じられて涙があふれてしまいました。そしてブルペンキャッチャーに言ったその言葉に球児がどれほど矢野さんに全幅の信頼をおいているのかということが・・・。

さらに間をおいて「いや、最近ちょっと涙もろくなっちゃって」と潤んだ瞳で微笑もうとする矢野さん。

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「いや、キャッチャーやっててよかったなっていうね。辞めるにあたっていろんなこう・・・今までこう気付かない、自分ではそこまで感じられてないんやけどそういう思いをこう…まあ、それは人づてに聞いたり、9月30日の時も家にまで来てくれて、『矢野さんを出せなくてすいません』みたいなことゆってくれるから。それはもうね、出そうと思ってやってくれた結果やし、俺がどうこう言える試合じゃなかったから。それはもう全然、っていう話を2~30分してもらって。来てくれるだけでもねえ、ありがたかったし…うん。・・・・・。
キャッチャーやっててこう、終わるにあたって、ああすごい幸せっていうのを感じさせてくれたピッチャーやったから。いや、だから本当に・・・・うん。よかったなーって思って」


球児も少し目を潤ませて矢野さんに頭をさげます。

「いや最近、涙もろくなって」
「年取ったのかな?」とアナウンサー。
「年取ったね。いや、思い出すとね・・・あの時の・・・」

アナウンサー「ちなみにこの後、矢野さん予定ありますか?」
矢野さん「いや・・ないっすよ」
アナウンサー「球児さんがこのあと、矢野さんを連れて行きたい場所があるって」

そして二人が向かったのはひとけのない球場(どこの球場か知りたいですがわかりません)

球児「最後のハイタッチをもう一回」

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矢野さん「おお、いいねえ~」
球児「すいません、バッターも何もいないんですけど」
矢野さん「バッターいないw」
球児「二人だけで」
矢野さん「もちろん、もちろん、もちろん」←あいかわらずのリピート癖です。

あの日の果たせなかった思い・・・なんですよね(号泣)

球児「最後、できなかったんで、なんとか。これをね、ぼくら二人だけやなくてテレビ観てくれてる皆さんに、こうやって選手ってこういう生きざまなんだよっていうのをわかってもらえたらありがたいなと思いますね」
矢野さん「こういう機会を与えてもらえてほんまにまあ感謝してるしありがたいですね。」

そして球児はマウンドに、矢野さんはキャッチャーの定位置につきます。
しんとした空気の中真剣な表情の球児、その球児をやわらかい表情でみつめる矢野さん。

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球児「矢野さんお願いします」
矢野さん「お願いします」
球児「いきます」
矢野さん「はい」
しかししかし、外に外れる・・・。
球児「あ!ちょ、もっかいやらしてください。もう一回!あれじゃあ最後終われん」
でも2球目、今度は高めに浮きます。球児はああっという表情で矢野さんはその球児を見て「もう一回」て言うだろうなってわかっているようでwww。球児はやはり指を1本立ててもう一回というしぐさで矢野さんとスタッフにお願いの表情。矢野さんがほんとに球児が可愛くてしかたないんだろうなぁって笑顔だったのが印象的でした。

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そして3球目、球児、投げるがちょっと外れ気味?でも
矢野さん「おおっしゃあ~、ナイスボール──!!」
球児「ありがとうございました」
矢野さん「はい、ナイスボールありがとな!」

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球児「申しわけない」
矢野さん「いえいえ、ありがと最後にいい機会だった」
球児「もっと広いとこでやらしてあげたかった」
矢野さん「とんでもないです」

球児「最後投げる時、今までミット見て投げてたって初めて気がつきましたね。ああ俺、矢野さんの顔なんか見てなかったんやと思って、最後の1球は矢野さんの顔見て投げようと思って。初めてですね、気づきましたやっと。ミットだけ見て投げれる信頼関係やったんやってほんとうに」
矢野さん「納得行かなくて結果的に3球投げてくれたんが、そういうのが嬉しかったね。どんなボールでも別によかったはずなんやけど、球児自身も納得いかないっていうことで3球投げてくれたから、こういう思いでやってくれて…。まあ、ユニフォーム着てないし全然状況違うけど、僕の野球人生のいい思い出になりましたね」

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そして握手をかわす二人の映像で終わりました。もうね・・・目どころか顔腫れました。
なんと相手を思い合う二人なんだろうかと。これが矢野さんにとってもいい区切りになったと思うし、球児にとっても前に進む儀式であったのではないかなと・・・。
ほんと、こんな機会をよくぞつくってくれたなと球児と関西テレビに感謝の気持ちでいっぱいです。


でもね・・・目を伏せた矢野さんを「ああ、やっぱり美人さんだなぁ」とか思ってしまう私は病気ですよね?ええ蹴ってくださってけっこうです(笑)

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